現代の電子機器は、高性能化・多機能化に伴い、搭載される半導体デバイス(特にLSIやASIC)の集積度が飛躍的に向上しています。これらのデバイスは、微細なプロセスルールで製造され、非常に高速で動作するため、安定した電源供給が不可欠です。しかし、電源からデバイスへ電力が供給される経路(電源供給網:PDN – Power Delivery Network)は、単なる配線ではありません。高速なスイッチング動作に伴い、電源品質が大きく変動し、これがシステム全体の性能や信頼性に深刻な影響を及ぼすことがあります。
ここで登場するのが、PI解析(Power Integrity Analysis:電源保全性解析)です。PI解析は、プリント基板(PCB)やパッケージにおける電源供給網の特性を評価し、電源電圧の変動(ノイズ)や電流供給能力をシミュレーションによって予測する技術です。
なぜPI解析が必要なのか?
高速デジタル回路において、電源品質が低下すると、以下のような問題が発生します。
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ICの誤動作・性能低下
- 高速でスイッチングするICは、瞬時に大きな電流を消費します。この急激な電流変化は、電源供給網のインダクタンス成分によって電圧降下を引き起こします。
- 電圧降下が発生すると、ICのVdd(供給電圧)が規定値を下回り、タイミング違反や論理誤動作、さらにはハングアップやリセットといった深刻な問題につながります。
- 電源ノイズは、デジタル信号のスレッショルド電圧に影響を与え、信号波形を劣化させ、信号品質(SI)問題を引き起こす要因にもなります。
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電磁放射ノイズ(EMI)の発生
- 電源供給網上の電圧変動は、電磁波として外部に放射され、不要な電磁ノイズ(EMI)の発生源となります。これは、EMC(電磁両立性)規制をクリアする上で大きな課題となります。
- 特に、電源プレーンやグランドプレーン間の共振によって発生するノイズは、広範囲に広がりやすく、設計を難しくします。
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開発の手戻り
- 試作後に電源品質の問題が発覚した場合、デカップリングコンデンサの追加、電源プレーンの設計変更、ビアの配置見直しなど、基板の大幅な手戻りが必要となり、開発期間の延長とコスト増加を招きます。
PI解析は、これらの潜在的な問題を設計の初期段階で特定し、適切な対策を講じることで、手戻りを減らし、開発期間の短縮とコスト削減に貢献します。
PI解析の主な手法と評価項目
PI解析は、主に以下の2つの観点から行われます。
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DC解析(直流解析)
- 目的:電源供給網における直流電圧降下(IRドロップ)の評価。
- 内容:電源ICから各デバイスの電源ピンまでの配線抵抗やビアの抵抗による電圧降下を評価します。これにより、ICが規定の最低電圧を下回ることなく動作するかを確認します。
- 対策:配線幅の最適化、電源プレーンの最適化、ビア数の増加などが挙げられます。
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AC解析(交流解析)
- 目的:電源供給網のインピーダンス特性と**電圧変動(ノイズ)**の評価。
- 内容:
- PDNインピーダンス: 目標インピーダンス(Target Impedance)を設定し、それに対してPDN全体のインピーダンスがどの程度達成されているかを評価します。PDNインピーダンスが低いほど、電源ノイズに強く、安定した電源供給が可能です。
- デカップリングコンデンサの最適配置: 様々な容量値のデカップリングコンデンサ(パスコン)やバイパスコンデンサを適切な位置に配置することで、広範囲の周波数でPDNインピーダンスを低減します。PI解析は、コンデンサの数、容量、配置、そしてビアの選択に至るまで、最適な設計を導き出します。
- 電源プレーン共振解析: 電源プレーンとグランドプレーン間の共振によるノイズ発生の有無やその周波数を特定します。
- SSN (Simultaneous Switching Noise) / SSO (Simultaneous Switching Output) 解析: 複数の出力ドライバが同時にスイッチングする際に発生するノイズの影響を評価します。
- TRM (Target Regulation Margin) 解析: 電源レール上の電圧が、特定のノイズ許容範囲内にあるかどうかの評価を行います。
これらの解析は、専用のPI解析ツール(EDAツール)を用いて行われます。基板のレイアウト情報、部品のモデル情報(IBISモデル、Sパラメータなど)、電源ICの特性などをツールに取り込み、複雑な電源供給網の振る舞いを高精度でシミュレーションします。
まとめ
PI解析は、単なる「電源供給」という概念を超え、高速デジタル回路の性能と信頼性を左右する重要な設計プロセスとなっています。高集積化・高速化が進む現代の電子機器において、PI解析はSI解析(信号保全性解析)と並び、高品質な製品開発に不可欠な技術です。設計の初期段階からPI解析を導入することで、電源品質に起因する様々な問題を未然に防ぎ、開発効率の向上と競争力の強化に貢献します。